2011/08/22

8月第2回MTG (プラス個人的な話)

こんにちは。山内です。

20日(土)は8月第2回目のMTGでした。
社会人になりはや4ヶ月ですが、仕事に慣れるのに精一杯で、当初予定していたペースや規模での活動は、実際難しく、MTGではここ最近、より長いスパンでじっくりと活動すべきだね、と話していました。
活動の内容としても、短期間で何らかコミュニティに貢献するというのはあまりにも難しいことに気付かされ始めてきていたので、より「じっくりと活動」することとして、各人のペースでの、地域コミュニティの方々へのインタビューを続けていこう、ということになりました。

ついては、当初は高邁な精神の表れとして自認してきた名称である、「6人の侍」も、集団の目的とするレベルはそのままに、やや穏便なものへと変更し、さらに「6人」という数字を取ることで、その集団としてのやや閉鎖的に見える部分も変更することにして、標記の名前へと変更することにいたしました。今後ともよろしくお願いします。



ところで、私事ではございますが、20日は夜から東北地方に被災地ボランティアへいってまいりました。
9月以降なかなか休日が自由にならない可能性が高いことや、個人ボランティアの受付も徐々に終わりに向かい始めていることから、もう時間がないという焦りもあり、出発当日に一から準備をした強行日程でした。

向かった先は、気仙沼市社会福祉協議会ボランティアセンター、21日(日)は50人程度が参加していたようです。少し話をした関東からご夫婦一緒になって来られた方の話によると、「思ったより人数が少なく、ボランティア熱が下火になっているようだ」とのこと。
それでも、全国各地から、同じタイミングで同じ場所に50人もボランティアに来るということはすごいことなんじゃないか、と私は思いました。

被災地ボランティアは、現在どこの地域でも社会福祉協議会がイニシアチブをとっているようですが、ボランティア参加者の動かし方は、マニュアルにのっとり行われているようで、かなり体系化されてきているなという印象。

ボランティアの依頼案件と、参加者の働きたい案件との調整をする「マッチング」ということも行われており(その名はマッチングですが、実際には早い者勝ちのバーゲンセール)、私が行った気仙沼VCでは、行ったその場でボランティア保険に加入できたり、必要な装備もある程度備品があったりと、ボランティア参加者はすべて自分で必要なものを用意していくべきだという「自己完結性」は、思ったほど厳格ではなく、装備が手薄な私は安心して参加することができました。

今回私が行ったのは、沿岸地域で漁業を営む方のご依頼の案件でした(内容は割愛)。
行う作業は、大変な人手と手間と時間がかかるもので、数十人が一緒になって作業しても、ほとんど作業が進んだ感覚が得られない、なんというか、人生についての寓意で満ちた作業で、大いに考えさせられました。

終わった後は、一緒に作業に参加していた方の車に乗せてもらい、南三陸町や、石巻周辺をドライブして被災地を視察しました。
震災から4ヶ月も経とうとしているのに、状況がなんら改善しているように見えないのはなぜだろうと疑問に思いました。政府も地方も、お金がないからでしょうか。

壊滅的というか、破壊的というか、このような状況は、今後我々の世代が社会の先頭にたつ際に備えて、脳裏に焼き付けておくべき映像でもあると心から思いました。

最後になりましたが、日本は今後色々な意味での復興が求められてくるとは思いますが、自らが当事者となるときに備えて、読んでおくべき本として、震災に関する本は多々あるなかで、ここはやはり、北岡伸一著『後藤新平』を読んでおくべきだなと私は思います。

2011/06/30

近況報告(桧山拓也)

みなさん

こんばんは、桧山です。
近況報告です。

今回は現在のキャリアプランの近況について
報告させていただければと思います。

現在、いわゆる新入社員(無論、試用期間)として
消費財メーカーで営業研修をやっているわけです。
つまり本分は「営業」という事になります。


ここでいきなり結論ですが、目指すは

「営業の現場を語れるリサーチャー」

          と当面の目標に据えました。


具体的な経緯は都合上、割愛させていただきますが
掻い摘んでここに至る要素だけを説明します。

営業研修が始まり2カ月…
営業とは「モノが購入され、お金に変わる現場」に
責任を持ちます。

つまり営業の関与度の高いステークホルダーは
「モノの購買者」「卸」「小売」になってきます。。。

しかし、自分が関心を持つステークホルダーは
「モノの使用者」、つまりは「消費者」です。
(理由は以前の自分の記事に…)


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じゃ、消費者起点で事業を思考するなら、いわゆるマーケターを目指すべき?
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この自問自答を何度した事か。。。
この問に対する自分の中で納得のいった解は
「否、リサーチャー(マーケティングリサーチする人って意味のね)のがベター」でした。

というのも概して企業には理念があり、それを基に経営ビジョン・計画が策定され
マーケティング戦略へとつながっているものです。(と思ってます)

それゆえ、マーケティング活動には
企業の『恣意性』がある程度見え隠れするのです。

願わくば、その『恣意性』を取っ払った
究極的な消費者視点を実現したい。


それが出来るのが、たまたま自分の会社では
リサーチ部門にある特定の部署だった、という事です。

もちろんこのリサーチャーという立場で
『恣意性』を取り払う術を身に付けた後、マーケターを目指す次第です。
メーカーである以上、製品に血と心を通わせ、
社会とコミュニケーションする立場にゆくゆくはありたいからです。

ただ、メーカーであるが故に
「消費」される前に「購買」されなければいけないのです。

マーケターに、そしてリサーチャーになる前に
この「購買」される現場、つまりは「営業の現場」を
語れるようにする事は至極必然になるという事です。

こんな感じで今、将来に向けた「営業」というキャリアを
謳歌してるわけです。



以上、近況報告までに(^^)/

2011/06/27

近況報告(西川翔陽)

皆様

こんにちは。

西川翔陽です。

本日はもう一つ、社会人として本業を持ちながらも業務時間以外で行っている活動を報告させて頂きます。
学生時代のご縁で、ミュージック・セキュリティーズ社という証券事業をされている会社との関わりを未だに持たせて頂いております。

ミュージック・セキュリティーズ社の商品で「被災地応援ファンド」があるのですが、その説明会に二度ほど、参加しレポートを書かせて頂いております。

その第2弾目のレポートでは下記のように締めくくらせて頂きました。

ーー
3.11から3ヶ月以上が経ちました。


被災地から離れると、3.11は日付で、”あれから3ヵ月、100日、1年”というように何度もどこか記念的に振り返ることで少しずつ復興に向かっているような気になります。

今回うかがった話の数々から分かるのは、東日本大震災で大きな被害を受けた地域は何十年という歴史と何百万人もの人々の手で積み上げられてきたものがなくなってしまったことをもう一度、同じような景色に戻るまで同じように時間と手間がかかるということです。

私が想像していた以上に復旧、復興のスピードは少しずつで、それを年単位でどうなるだろうという想像は現実との乖離があるということ。

小さな一歩を皆で何度も何度も繰り返す。

それが私も東京を拠点としながらも力添えできるよう、頑張らなければと改めて思いました。

事業者の皆様、貴重なお話をお聞かせ頂き、大変ありがとうございました。
私も皆様に負けぬよう、頑張ります!!
ーーーー
「負けぬよう、頑張ります!!」と書かせていただきましたが、今のところ、ただただ負けっぱなしです。

私は3月下旬に宮城県の沿岸部までボランティアに訪れさせて頂きましたが、津波の後は肉眼で見ると、信じたくないほど現実的な残酷さ。それが北は岩手から南は福島まで。(液状化が起きてしまった被災地を含めるともっと)

その冷たい現実を受け止め、海を愛し続け、前に進まれる事業主の方々の勇気とエネルギー、私は受け取ることばかりでした。


少し宣伝のような文章になりましたが、気仙沼、志津川、大崎市の皆様の志から受け取ったもの筆ベタながらも、言葉に込めて書かせていただきましたレポート宜しければ、お読み下されば幸甚です。

セキュリテラジオ
http://www.securite.jp/radio/

それでは、良い週を!

近況報告(山内)

社会人となってもうすぐ3カ月、私の会社では10月まで試用期間といわれており、まだまだ正社員への道は程遠いといった感じです。

さて、最近、研修で被災地周辺の市町村に行って参りました。
役所の職員の方と多く接しさせていただきましたが、その地域は、被災地周辺とは言っても、地震、津波の影響を大きく受けており、震災が起こったときに、全職員がどう緊急体制をとり、住民の安全を確保したのかや、今日まで役所の担当職員の方はほとんど家に帰っておらず、対応を続けていること、など、東京にいて職場で働いているだけでは分からない、リアルな現地の状況を見聞きすることができました。

職員の方から一番受けた印象としては、国が定めた制度の国民に対する最終執行者として、現場感覚の下で培われたであろう経験則を多く持ち、大変尊敬できる、優秀な方が多かった、ということです。話を聞いてみれば見るほど、基礎自治体職員の仕事の魅力を感じることができた一方で、現行の中央・地方関係の健全な発展の仕方を考えさせられました。

地域コミュニティの話も少しさせていただきましたが、なんらかのコミュニティが形成されていることはこういった震災の時に住民自身にとって便宜があり、今回をきっかけに、より地域の連帯が強くなれば、とも話されており、基本的な認識は私たちの考えていることとも一致しているような気がしました。行政の立場から、今後どうやって地域コミュニティの活性化に力を入れて行くのか、今後も連絡を取り合いながら話を聞いてみたいと思います。

翻って、私たちの活動を考えてみますと、やはりもっと色々な方々の話を聞いてみても、いいんじゃないか、とも感じます。
地域コミュニティの中核の一つとして商店街はありますが、商店街がないような地域や、学校や、各種福祉施設が中核となってコミュニティが存続している地域もあるのではと思い、個人的にレンジを広げてみようかと思っています。

それでは、また。

2011/06/26

刺激的な環境

みなさん、こんばんは。

久しぶりの更新となりますが、最近感じたことをありのまま記したいと思います。

社会人になってすでに3か月が過ぎようとしています。
私の会社では、入社後3か月は試用期間と言われ、正社員ではありません。なので、もう少しで晴れて正社員となれます。なれるはずです。

この3か月間、あっという間に過ぎていきました。
毎日夜中の2、3時まで働き、翌朝は9時に出社という生活を続けています。
今のところ、自分で決めたこの道を後悔しておらず、とても活き活きと仕事に取り組めているとおもいます。(もちろんくたくたになりますがw)

仕事内容については割愛しますが、毎日が新しいことばかりでとても刺激的です。
そして、周りの人たち・お客様はとても優秀な方々です。
こんな自分をモチベートしてくれる環境はなかなかないだろうし、そういう環境が自分には適しているのだと改めて感じている今日この頃です。

そして、そういう環境をこの「6人の侍」の取組みからも得られているし、欲を言えば、もっと刺激を得たいとも思っています。

ただこの取組みには、まだまだコミットできていない部分があるし、この取組み自体がまだもがき中です。

自分たちが何をしたいのか、この問いは一生考え続けるテーマだと思いますが、この問い、そして6人の侍と対峙し続けて、この6人が納得した取組みができればと思っています。

みんなが前向きに生きていける世の中になりますように。

2011/05/30

5月第2回活動報告

山内です。

西川が前回侍ではない、と自己主張しましたが、
私も、侍たらんとしてまだ程遠い自分にふがいなさを感じながら仕事に追われる毎日です。

ただ、目標として、常に遠大なものを持っていないと、いつか矮小な人間になってしまうんでないかなとも思い、
志だけは、武士であり続きけたい、そんなことを考えています。



さて、本日は5月第2回目の活動日でした。
本日は午後から、杉並区永福町商店街にお邪魔して、永福町商店街振興組合主催の、東日本大震災チャリティイベントの様子を見させてもらったり、同組合の理事長中島さんと、顧問役の林さんのお話を聞かせていただきました。

現在永福町では、商店街組合、町会(住民)、PTA、NPO,学生など、永福町に関わりのある全ての人々が、「永福町をより住みよい町にする」という目標をもって永福町の活性化のためのアイディアを出し合い、実際に行動に移す「永福町夢プロジェクト」をスタートさせています。このプロジェクトの火付け人であり実行リーダーが林さんであり、中島さんであるのです。

同試みは、これまでタコつぼに入り込みお互いに交流のなかった、商店街店主とそこに住む住民とを、一つの目標の下での話し合いの場を頻繁に開くことで結びつけ始めており、実際に出店(でみせ)で話を聞く中でも、そこにはPTAのお母さんがいたり、お母さんを手伝うお子さんがいたりと、商店街振興組合主催のイベントでありながら、商店街振興組合をある意味で格好のツールとして利用した、地域社会の人的交流の姿があったようにみえました。

会長の中島さんこそ、まだまだキックオフ段階だと仰ってはいましたが、今年3月に新駅舎が出来、南口が誕生したことでこれまで交流の難しかった南北に分かれた永福町のふたつの商店街が一緒になって初めて行った今回のイベントは、あいにくの雨ではありましたが、確実に同町のこれからにつながるものであると、現場を見ながら実感していた山内でした。


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翻って、今回の活動で、自分たちに何が還元できるだろうか。


自分たちの役割を考えると、アイディア出しであり、人と人をつなぐコネクターとしての役割にはなりうるのかもしれない。
若者、ばかもの、よそ者として、しかしながら責任感を持って活動をしていくことが求められている気がしました。
ただし、2週間に一回しか顔を出せないかもしれない自分たちが、ある地域社会に深くコミットメントできる、とは言えないでしょうし、地域社会とのかかわり方は、今後実際に関わりを深くしていく中で、試行錯誤して見つけていくべきかと思いました。
今回のように、地域のリーダー格が健在で、今からさらに地域社会を良くしようと実際に動いている地域に、自分たちの力をどう生かすかは迷いますが、上記の林さんのような役割に近いものなら、自分たちにもできるんじゃないか、そんな風にも思いました。
ただ、林さんと中島さんのような、ジョイントが生まれる出会いはそうなく、出会いを自分たちで作っていく必要も感じました。


中島さんは、また酒を飲みながら話をしようと仰ってくれ、その機会までに中島さんが批判していた政府の商店街関連政策に関して、議論できる程度の知識を身につけておきたいなと感じながらイベント会場を後にした山内でした。

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と、なにやら永福町のPRめいたものともなってしまいましたが、上をもって現場報告とさせていただきつつ、下でその後のメンバー(参加者:山内、西川、吉岡)で近くのカフェに入って話し合った内容をいくつか。

①誰に話を聞きに行きたいのか、より広く募るべき。

山内や西川としては、商店街活動の地域社会におけるbondとしての役割の大きさを前提とすることが、その出自からもできていて、商店街の方に話を聞くことに大きな意味を見出すことはできているが、もちろん地域社会には他にもBondとして機能している人々はいる。例えば学校やPTAなど。 それに、他のメンバーはどういう人の話を聞く必要があると感じているのだろうか。他のメンバーが興味関心を持って話を聞きに行きたいと思う人々にもインタビューに行くべき。(以前吉岡が作ったマップが参考になる)

②中長期的計画の見直し

なかなか、社会人になってみて、時間をつくることの難しさを感じ始めていることだし、4月当初に決めた、中長期的なゴールを見直すべきではないか?より、じっくりと長い時間をかけて段階的にゴールに近づくべきではないか。

③自分たちの、会社の肩書と関係のない名刺を持つ

話を聞きに行くときに、話してくれる方に変なバイアスを与えないように。

④説明資料を携行する。

今回説明資料も忘れてしまったので、自分たちのことを説明する機会を逸した。

⑤侍、世直し、といった表現は、やはりまだまだ未熟者の自分たちにはふさわしくない?





さて、次回は、6月の2週目に行います。6月5日(日)には、山内、吉岡は西荻窪の商店街のイベントにお邪魔してみようと思っているところです。


(山内)

2011/05/24

僕は侍ではないんです。

こんにちは。

すっかり、更新が滞ってしまいまして申し訳ございません。

始めまして。
西川翔陽です。

社会人となり、この2ヶ月弱、光陰の如くあっという間に過ぎていきました。
この2ヶ月が1年となり、5年、10年となっていく。
そう考えると多くの反省が残り、良く見ると改善が山ほどできる過ごし方でした。

好きな漫画で
バガボンド(1)(モーニングKC)
という本があるのですが、その中で印象に残る言葉があります。

「世の中には強い人間などいない。強くあろうとするものだけだ。」

強さの定義は人様々ではあるのですが、僕にとっての強さは、
とことん人を想い、行動できる力、のことです。

学生から社会人になっての大きな変化は、
時間に対する選択権が大きく減ったこと。これは気を抜いていると、
自分の大切にしたい考え、思考から離れてしまうような気がしています。

こんな悩みを持っている僕は宮本武蔵を描いた”バガボンド”が好きではあるのですが、
侍には程遠く。「6人の侍」という我々の名前にもちょっと違和感を覚えているのですね。

しかし、強き侍になっていきたい、6人ということであれば、
ここに集まった同志からは学ぶことが非常に多く、
ともすれば流されがちなヒヨコ社会人の僕を、
「○○の西川翔陽」から「西川翔陽」に引き戻してくれます。

西川翔陽が行って行きたいことは言葉は違えど、他の同志が今まで書いてくれた記事に、
書かれているようなことですが、強き侍のイメージとして目指している姿は、
ちょっと古い映画ですが下記の映画に出てくる菅原文太さんのような姿です。

青春の門 [DVD]



日々精進してまいりますので、今後ともよろしく御願いいたします。

西川翔陽

2011/05/09

4人目の侍の想い

始めまして,吉岡です。


皆様ゴールデンウィークはいかがお過ごしだったでしょうか。
公務員一年生の僕ですが,国会が延びなかったため,3,4,5は暦通り休みをいただき,実家の友人の結婚式の1.5次会に参加してきました。
僕の人生でこんなに補正予算の成立をありがたく思ったことはありません。




配属されてから3週間。毎日新しい仕事と格闘しながら、自分の目の前を素通りしていく情報の重要性にびっくりしています。


自分がそろえている資料にはこれからの国の政策が書かれている。
上司はそれを持って大臣などと打ち合わせをする。
意思決定がなされ、国全体の方向性が決まる。
そして,復興が,改革が,始まる。


実に身が引き締まる思いです。
その動向を見るにつけ、ミクロマクロ両面で日本を良く知っていることが,今後自分には求められていくんだなぁとしみじみ思います。もし現場感覚に触れることなく偉くなり、机上の空論に乗って政策を詰め,結果的にうまくいかない政策にこだわることになったら目も当てられないですよね。
僕は6人の侍に加わり,仕事では得られない経験と出会いを得たいと思っています。




「6人の侍」では,人のつながりを大切なものと考えています。
人間関係の希薄化が叫ばれる昨今、その中で起きた大震災。
いざという時に頼りになるのはやはり人のつながりだなと思いました。


これからを考えたとき、危機は地震だけではありません。
おそらく,徐々に幸せはお金で買えなくなっていきます。
今は何不自由なく暮らしていても,20年先,幸せに生きていられる自信はありません


僕が思う、20年先に幸せに生きていられる人は,人のつながりの豊かな人です。そして,自分の思いに従って活動する人です。
僕たちの活動が,少しでも人のつながりを広げ、関わる人の人生を豊かにすることができればと願ってやみません。




いつまでもきれいごとを言える大人でありたいと、僕は思います。

2011/04/30

6人の侍に対する想い(桧山拓也の場合)

はじめまして
「6人の侍」の1人、桧山拓也です。

たぶん他の侍に比べて  一番柔らかいタイプ  の侍です。

そのため、この「6人の侍」において
お堅い尊厳のある言葉を述べる、キレキレな議論をするといったところは
自分の守備範囲ではないのです。(と、言い聞かせてます)


さて、今回の記事ではそんな柔らか侍、桧山拓也の
「6人の侍」に対する想いを伝えられたらと思います。


まず、2つ挑戦したい事があります。

1つは、

家族愛・教育の観念の劣化を是正する事

もう1つは、

日本人の上昇意識を高める事


プライオリティは先に述べた方にあり、
現在消費財メーカーでそれに向けて邁進してるところです。

今、研修1カ月を終え、消費財への想いは深まるばかりです。
消費財とは概して、ティッシュやマスク、シャンプーのように
日常生活の中に溶け込み、淡々と消費されるものです。
それゆえ私達は意識せず消費する。

しかし、 《いざという時》 や 《ここぞという時》 に限って
消費財はその魅力を発揮するものです。
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例えば、
何気なく掃除用品で毎日部屋を奇麗にする習慣を持った彼女は
「毎日部屋を気遣うキミのキレイな心が好き」と彼にプロポーズされ
人生の機転を迎えるかもしれません。

はたまた、今年三月に起こった震災では
当たり前に消費してきたおむつや生理用品などの消費財が
それらの「なくてはならない感」をそれとなく社会へ吐露してきました。
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今、2点ほど例をあげましたが
こういった《いざという時》、《ここぞという時》に消費財は魅力を発揮し、
何かしらの観念を是正し、意識を変えていくものになるのです。

自分はこのような事を常に意識ながら
消費財にメッセージを込めていく事を善しとして
日々、勤めています。


今現在の目標は早く消費財メーカーの一員として一人前になる事。
そうして得られたスキルやノウハウをゆくゆくは社会に還元したい。
自分にとって、この社会への還元を担う場所が「6人の侍」です。

これから近い将来、この6人が起点となり何かをしでかします。
その6人のうちの1人として存在感を出していけたらと思います。


最後に…
実は「家族愛」や「教育」も往々にして意識されず消費されていくものです。
無論、6人の侍が立ち向かう、誰かにとっての「地域・コミュニティ」も一緒です。


これが柔らか侍、桧山拓也が6人の侍の1人である一番の理由です。

2011/04/25

【活動報告】4月第2回

こんにちは。「6人の侍」の山内と申します。

本業では、この春から公務員になり、慣れない中日々コピー取り・電話応対に全力を挙げて取り組んでいます。優秀な先輩、同期に恵まれて、あとは自分の努力次第という幸せな職場です。


さてタイトルの通り、本日は4月の第2回目のミーティング日でした。
お互いの仕事の話を共有したり、外部に向けて、幣団体を説明する資料を作り上げたり、次回以降に会って話を聞きたい人にアポイントメントをとったりして過ごした休日日曜の午前でした。
ゆっくり、ゆっくりと活動が動き出した感があります。今後長いスパンで私たちにとって修業の場となる場へと育てていければと思っています。



(ここまで、簡単な報告。ここから、山内個別の主観)



かといってこの活動、ただただ議論するだけでなく、「現場」で汗を流さずしては終われません。
定期的なミーティング日以外にも、自分の仕事が忙しくない時に、多くの「現場」の人と会う機会を積極的に設けていきます。

とはいっても、当面はまず「仕事に慣れること」が目下の課題でもあります。
勉強することが山のようにあり、これまで実感が持てなかったアカデミックな知識を、実務の中で手に触れながら勉強していけるという今の環境に、プレッシャーを感じると同時に大変感謝しています。

そのような中、仕事にも全力投球、幣団体「6人の侍」にも全力投球するためには、体力・気力の増進も欠かせません。

日々の食事・体力トレーニングを欠かすことなく、今後も自らを鍛えていければと思います。

やや言葉足らずではありますが、今後、このブログを通じて、私たちの思いを伝えると同時に、私たちの成長の様子も伝えていきたいですね。

最後に、私山内が最近自身の心に刻みこんでいる、大変素晴らしい言葉を紹介します。
西郷隆盛が作った漢詩です。

一貫唯々諾 (一貫 唯々の諾)
従来鉄石肝 (従来 鉄石の肝)
貧居生傑士 (貧居傑士を生み)
勲業顕多難 (勲業多難に顕る)
耐雪梅花麗 (耐雪梅花麗しく)
経霜楓葉丹 (経霜楓葉丹し)
如能識天意 (如し能く天意を識らば)
豈敢自謀安 (豈に敢えて自ら安きを謀らん)


このような気持ちを忘れない人間でありたいと思い、ここに記します。

今週1週間も頑張っていきましょう!

2011/04/17

6人の侍とは


皆様

はじめまして。「6人の侍」です。
私達6人の侍は、2011年4月から社会人生活を始めた6人です。本業の仕事だけで満足するだけでなく、理想を追求し続けるための場を自ら創造し、実践するために集った6人の同士です。

■どんな集団なのか

より多くの笑顔を目的とする、活気あるコミュニティの創造」という理念のもとに、地域の活性化に寄与する活動を行っています。

具体的には、久我山・足立区・千歳船橋・夕張などの地域・地区を訪問し、そこで地域・地区の活性化に向けて精力的に活動している方々のお話を聞いてきました。
また、昨年度から行っている「官民朝まで激論」を主催しています。

今後、ある特定の地域を選定し、そこで精力的に活動されている方々と共に、「地域の住民の方々のより多くの笑顔であふれる活気のある地域・地区」を創造する活動を行っていく予定です。

■このブログの目的

私達が日々行っている活動について報告します。
そして、私達の活動や意見について、皆様からフィードバックをしていただくことで、さらに多くの人の笑顔を引き出せるコミュニティの創造に尽力していこうと思っています。

最終的には、このブログが地域・地区の住民の方々の笑顔が1つでも増える一助・触媒になればと光栄です。

よろしくお願いします。


「6人の侍」一同