2012/11/08

(訪問録)群馬県みなかみ町観光協会施井さんのお話をお聞きしました。

1027日(土)に、メンバーは群馬県みなかみ町(http://www.enjoy-minakami.jp/)を訪れ、みなかみ町観光協会で働く施井さんのお話を聞いてきました。社会人2年目としてそれぞれの専門分野ができつつあるメンバーにとっても、それぞれの職場では普段聞くことのできない刺激にあふれる楽しい話を聞くことができましたので、その模様を簡単にシェアいたします。


施井さんは、外資系消費財メーカーに10年間勤められたのち、「次の10年間は、現場に近いところで他のことをしてみたい」という思いと、個人的に行った地方への観光旅行の経験から感じていた「日本の地方がもつ素晴らしい魅力を、地元の人自身もあまり気づいていないのであれば、自分も何か役に立てるのではないか」という思いから、思いがけないご縁もあって、現在同地の観光協会で勤められているとのことでした。


赴任して彼女が考えたのは、観光で訪れる「外の人」が、「いいな」と思う視点に、観光地に住む「内の人」がもっと自信を持ってもいいんじゃないか、ということでした。ビジネスの世界で培ったマーケティングのスキルを生かし、地元の新聞社などマスコミへのPRを行うことで次第に全国放送でも頻繁にみなかみ温泉をとりあげてもらうことに成功し、自治体という中立的な立場を生かして一般企業ではなしえないであろう規模のメディア露出ができた、とおっしゃっていました。

 
施井さんは、さらに、「内の人」がもっと自分の地元に自信をもってもらうことの一環として行った、地元の人が地元の人を案内し、温泉地として地域の活気とつながりを再生するまちづくりイベント「みなかみオンパク」の発足・運営にも携わられるなど、精力的に活動されているとのことです。メンバーは、施井さんが観光協会職員という立場から、みなかみ町を活性化するために様々仕掛けている様子に大変刺激を受けました。

 
以下、メンバーの感想です。

○温泉で有名なみなかみ町には、その他にもカヌーなどの川遊び、フルーツ狩り、スキー場など、老若男女が季節を問わず楽しめる「観光資源」にあふれており(メンバーも、一泊して大変満喫させていただきました)、この点大変に恵まれた土地だと言えます。ただ、みなかみやその他有名な老舗の観光地以外について、他と競争して今後観光資源を発掘していくよう努力すべきとも思う一方で、私は、観光だけでもきっと限界があるのだろうから、観光以外の方法でも東京に集中しすぎたヒト・モノ・カネが地方に還元されるような仕組みはないものかと、自分の地元の閑散とした様子を振り返り思ってもしまいました。それはさておき、みなかみはとてもいい温泉地でした。また皆で訪れたいと思います。

○みなかみで奮起する施井さんは「日本の各土地に魅力的な資源は無数に存在する。しかし問題はその土地に住まう人の“奥ゆかしい(控え目な)”人柄故にそれを認識し、自身持って外に魅せていない事だ」と指摘する。これに対して施井さんの取組みから、しっかり外の人の視点から科学的に考察し、その土地の資金繰りも賄えるほどに魅力を代弁する人が必要である事を学びました。今後、「では、それは誰?」と聞かれた時に、「一つは企業の腕利きのマーケターです」と施井さんのみなかみでのお話を参照し、語り継ごうと思います。

○話を聞いていて感じたことは、仕事で身につけたスキルの重要性。目の前の成果を出すためにまずデータをとるという発想、マスコミとのつきあい方、そして内容のつまった人を飽きさせない即興のプレゼンテーション。自分は仕事の中でどのようなスキルが身につけられだろうかと考えさせられました。また、お話の合間に垣間見えた「余所者」だからこそできることとその苦労。人間力も非常に重要なスキルの一つだなと思いました。

2012/10/22


長らくご無沙汰しております。山内です。
ブログへのアップは久しぶりですが、我々は現在も月一回程度の頻度で集まり、今後の本格始動の時期を見据えて、互いの意見を交換する場を設けているところです。
弊団体メンバーも社会人2年目となり、公私ともに充実しているメンバーが多く、ブログ等の場で定期的に活動のご報告もせねば、と思っていますので、今後ともよろしくお願いします。
 
さて、10月20日(土) の月1定例のミーティングで行った、ディスカッションの模様を、我々自身の備忘録を兼ねてご報告します。
今回のミーティングでは、日経新聞の特集記事「未来面2012」に掲載された、経営者の提言「ふたたび世界をリードする日本を始めよう 三井不動産・岩沙弘道会長」をもとにして、各人の意見交換を兼ね、議論を行いました(元記事は、日経WEBサイトにてご確認いただければ幸いです)。ディスカッションでは、筆者の主張である、「日本は、今後世界各国が直面するであろう課題をいち早く解決できうる立場として、再び世界をリードするべき」という主張に対し、各人が自らの賛否を表明し合いました。最後には、時間の制約から、日本が課題解決先進国となるためには具体的にどうすればいいのか等の発展的な結論にまでは至らなかったものの、お互いの、これまでの仕事上での経験に裏打ちされた国家観や社会の現状認識を聞くことができ、刺激的でした。
 
以下、簡単にディスカッションで出た意見を紹介します。


意見A)日本が課題先進国になるべきだとは思うが、今の日本政府の政策や意志決定の構造をみていると、他の国の1歩2歩先の政策をできるようには見えず、今後も他国よりも先進的な取り組みを行えるようにはなれないだろう。課題先進国となるためには、統治システムの改革が必要になる。

 
意見B)何も、国単位でものごとを考える必要ないし、国を挙げてやろうとしてもできはしないだろう。政府の役割はあくまで最低限のインフラの整備であり、個々の日本人・企業が、課題解決能力を有し、国際的な視野を持ち、世界中の人々と対峙・協働すればそれでよい。そして日本に適用すべきものは逆輸入すればよい。明治時代、坂本竜馬は土佐から飛び出し日本大で物事を考え、行動していた。それとのアナロジーで考えれば、今の日本人は、日本から飛び出し世界大で物事を考え、行動できさえすればいい。少し飛躍するが、日本には世界と同様の誇れる文化や価値観(漫画や奥ゆかしさなど)があり、課題解決先進国になることは、そのような特有の財産を失いかねなく、基本的には日本の財産・長所を伸ばしてく、大切にしていく方向でよいと思う。そして、明治時代のエリート教育のように一部の人間が日本の短所・問題点を把握・認識して、上記のように行動を起こせばよいし、行動を起こせる仕組みを用意すればよい(例えば、ダボス若手メンバーの養成とか)。

 
意見C)グローバル都市ランキングにおいて、経済的にはトップクラスの東京が文化・交流面での弱さからトップランクに入ることができていない例に示されているように、経済、環境、技術開発の分野では世界をリードすることはできるかもしれないが、文化・交流といった分野では世界をリードすることはできないだろう。
 

意見D)企業は国籍などあってないようなものだが、国民はなかなか自由に住む国を移ったりできないので、今回の国を単位にしたテーマ設定もあながち無意味ではない。日本は課題先進国になるべきであり、それ以外に希望が持てる針路は思いつかない。少子化、高齢化、災害など、逆境こそが日本の財産だと思う。日本は国内外のヒトモノカネ知恵を集めて課題解決する実験場になりえるのではないか。また、政府にもできることの限界はあるわけで、それを認めることで、傍観者・評論家に徹する国民に当事者目線になってもらえないだろうか。一方で、
 
政府は社会のビジョンを示す「旗振り役」をもっとするべきで、国として決めた方針をちゃんと広報・コミュニケーションし、国民一人一人の目線を合わせていく必要がある。

以上です。


2012/01/22

メンバー紹介・活動にかける思い

以下、改めてメンバー7人の簡単な紹介をさせていただきます。

  • 氏名①業界②活動にかける思い

  • 山内絢人 ①公務員 ②「現場」で汗を流す経験を通して、お互いを高め合っていきたい。
  • 菱木康貴 ①電機メーカー ②動いて変える、変わるまで動く。いつまでもそんな人間でありたい。
  • N.E ①金融機関 ②人と対峙することで、その人の今をより笑顔にしていきたい。
  • 西川翔陽 ①電機メーカー ②小さなコミュニケーションを積み重ね、社会のあるべき姿に挑み続ける人間でいたい。
  • 桧山拓也 ①消費財メーカー ②「家族愛・教育の概念の劣化」と「日本人の上昇意識の低下」の是正。
  • 吉岡徹哉 ①公務員 ②仕事では得られない、経験、知恵,出会いを。そして来るべき時代に備えて。
  • 鈴木麻苗美 ①インフラ ②仕事では得られない知見を得るとともに、思考してアイデアにまとめて実践する・形に残す、というサイクルの経験をすべく。

2012年最初のミーティング報告(座禅体験+年頭所感)

山内です。新年明けましておめでとうございます。
先日のミーティングの報告です。

2012年初となるミーティングは、2時間の座禅からスタートしました。

1月14日(土)、メンバーは祖師谷大蔵のお寺、成城山耕雲寺で毎週行っている座禅会(http://kouunji.or.jp/zen/zen.html)にお邪魔して、お寺の方に座禅の手ほどきを受けた後、静寂の中で各々が禅堂の壁と向かい合い、座禅を体験させて頂きました。

なぜ今回の我々の「現場」に、座禅を選んだのか、というと、その趣旨は2点ほどあります。
一つに、日本人の教養として、座禅について身をもって知っておきたかったことがあります。座禅といえば今では海外からの評価のほうが、日本人からのそれよりも高いような状況であり、海外の人から馬鹿にされないためにも、日本人の一人として知っておくべきだ、という思いがありました。

もう一つに、日々の慌しい仕事から距離を置いた時間・空間で、ゆっくりと自分を見つめなおす時間をとってみることが必要なんじゃないかと思ったことがあります。仕事を始めてから出来上がってきた、「社会常識」の枠組みから大きく距離を置いた場所に身をおくことは、生活の大半を職場で過ごしややもすると視野が狭くなりがちな我々の精神の健康に取って、たまには必要なんじゃないかと思います

いざ実際に座禅をしてみると、頭の中で浮かんでくるのは、緊張しすぎた背中の筋肉の痛みと、仕事のことばかりだったのですが、座禅の最中のお寺の方の、「悪行に代わり善行を行うものは、雲間を離れた月のように世の人を照らす」といったインドの僧の言葉を解説する説法を聞くにつけ、これまでの自分を振り返ったとき果たして自分は善き人間だっただろうか、などと、これまであまり考えもしなかったことに頭をめぐらすことができたのは、とてもいい経験だったように思います。

今回の座禅に参加したのは、私たちメンバーを含め20人程度で(予想以上に人数が多く、驚きましたが)、座禅を組むためだけに集まり、ほとんどお互い口を聞く事もなく、最後に禅堂の掃除をして帰っていくという、すがすがしい様相でした。

耕雲寺では、また再来週の土曜日にはお酒を交えた新年会も催され、普段黙々と座禅されている方々と腹を割って話すことができるらしく、こちらにも個人的には行ってみたいなと思いました。

座禅に参加したメンバーが感じたこと・気づいたことは下記のとおりです。

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菱木:人生初の「座」禅。正座に慣れない世代の走りが、足を組み静止姿勢。正直キツイ。20分間、己の身体は解脱よりも、解放を切に願っていた。そんな状態で、行為中、ふと頭に浮かんだ邪念を記したい。悩ましい、ストレスフルな現代で、「座」禅はひそかにブームにある。いくつかの「座」禅推奨サイトをみると「思考を明快に」、「ストレス解消」、「自己を見つめ直す」といった各々の狙いをもち取り組む人が多いようだ。坐禅が本来の正式な書き字らしい。疑問を抱きつつ坐禅することにより悟りに至る臨済宗。坐禅そのものが目的であり、坐ること自体に集中する曹洞宗。宗派も2派あるという。が、「座」禅を楽しむ現代人の大半はそのいずれでもないように思う。坐にまだれをつけたように、元来のものに各々が意味づけをし、価値を見出す。とはいえ、作法は本来のそれと大きく変わらない。あぐらや猫背はもちろん厳禁。「根本(型)を変えず、周りの解釈によってそれ自体の新たな価値が再発見される。これにより時代を超えて、自然に脈々と残っていく(受け継がれていく)ものは多いのではないか。自分たちが取り組んでいきたい領域にも、この考えを活かせはしないだろうか。」などと結論のでない考えをめぐらせ、自分なりの座禅を終えた。

西川:西川:無心になろうと思えば思うほど、考えることが増えてしまう。自分をコントロールするということの難しさを改めて感じる機会でした。ビシッ!と頂いた励ましの痛みを忘れずに新年、新鮮な気持ちで営んでいこうと思います。日本の伝統の良さ、ともすれば見過ごしてしまい、いつの間にか私たちが廃れさせてしまっている一人になっているかもしれないと痛感もしたので、できるだけ勉強していきたいなとつくづく感じました。

N.E:邪の心を追い払い、無の心を追い求めたいと思っていましたが、なかなか難しい。。ただ、裸足での取り組み、お寺や宗派によって定められた姿勢・作法を演じることで、普段とは違い、気持ちが引き締まった3時間でした。意外とたくさんの方々が参加しており、日本の文化の1つが継承されている場面を垣間見ることができました。ただ、もっと人のいない静かな処で座禅したいと感じました。

鈴木:坐す。何もせずその場にただ座って居る。無心になってその場に座って居る。

初の坐禅は新鮮で清々しくあった。恐らく、何度やっても新鮮で清々しいのかもしれない。


無心になるのは、そして無心経験を認識するのは、至極創造的なことだ。無は虚とは違い、有のアンチでなく土台である。と思う。
一旦無に帰す、という考え方は(様式は様々ではあるが)例えば芸術においても「起点」としてしばしば用いられる。アヴァンギャルドなどはそうだ。改革、進歩の方向を見てのこと。いわば、創造的リセット。
全ては、無から始まる。
だから無心は清々しい。

年明けての坐り初め。また一年を走り出すにあたり、良い精神整理になった。


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終了後の反省会では、メンバーそれぞれが最近の自分の仕事や、今年以降の自分の目標を表明しあいました。

以下は、私個人としての昨年のが振り返りと、今年の抱負です。

 昨年は暮れまで、何がなんだか分からないまま、がむしゃらに働いていたので、周りを見る余裕はなく、視野が狭かったような気もしています。

 この正月少し余裕ができ始めたところで、地元に帰り、家族、地元の友人らと触れ合う機会をたっぷりととりゆっくり過ごす中で、遠い将来自分が死ぬまでを見据えた人生計画の策定を始めることにしました。

 いざ自分の人生の可処分時間を計算し、やりたいこと、やらなければいけないことを書き出してみると、思ったほど時間は少ないことに気づき、焦燥感を覚えるとともに、長期的な視野で生きることの大切さに改めて気付きました。そして、おぼろげながら現時点で下記のような計画をもっています。

 私は、超長期的には、後進を多く育て、共同体を活性化することのできる社会有為の人間を目指し、長期的には、自分の専門分野を持つプロになることを目指し、中期的には、その自らの比類なき専門分野を見つけることを目指し、短期的には今後の留学での勉強・仕事をがむしゃらにやること、を心がけます。そのために今は留学に向けた勉強・仕事のための勉強を行います。

 上記の目標を達成する上でも、この「現場」から学ぶ会の活動は、優秀な同年輩との情報交換、切磋琢磨や、自分の知らない分野の自分への強制的導引、自分で組織をマネージメントするという経験、様々な人との出会い、など、自分の使い方次第で、他では得がたい多くのものを得ることができる「マジックボックス」になると思っています。

まずは、仕事で自己を鍛え、そして余暇としても自己を鍛えるという良い連鎖を今後より多く生んでいくべく、明日からも仕事を頑張りましょう。

それでは、本年もどうぞよろしくお願いします。

2011/08/22

8月第2回MTG (プラス個人的な話)

こんにちは。山内です。

20日(土)は8月第2回目のMTGでした。
社会人になりはや4ヶ月ですが、仕事に慣れるのに精一杯で、当初予定していたペースや規模での活動は、実際難しく、MTGではここ最近、より長いスパンでじっくりと活動すべきだね、と話していました。
活動の内容としても、短期間で何らかコミュニティに貢献するというのはあまりにも難しいことに気付かされ始めてきていたので、より「じっくりと活動」することとして、各人のペースでの、地域コミュニティの方々へのインタビューを続けていこう、ということになりました。

ついては、当初は高邁な精神の表れとして自認してきた名称である、「6人の侍」も、集団の目的とするレベルはそのままに、やや穏便なものへと変更し、さらに「6人」という数字を取ることで、その集団としてのやや閉鎖的に見える部分も変更することにして、標記の名前へと変更することにいたしました。今後ともよろしくお願いします。



ところで、私事ではございますが、20日は夜から東北地方に被災地ボランティアへいってまいりました。
9月以降なかなか休日が自由にならない可能性が高いことや、個人ボランティアの受付も徐々に終わりに向かい始めていることから、もう時間がないという焦りもあり、出発当日に一から準備をした強行日程でした。

向かった先は、気仙沼市社会福祉協議会ボランティアセンター、21日(日)は50人程度が参加していたようです。少し話をした関東からご夫婦一緒になって来られた方の話によると、「思ったより人数が少なく、ボランティア熱が下火になっているようだ」とのこと。
それでも、全国各地から、同じタイミングで同じ場所に50人もボランティアに来るということはすごいことなんじゃないか、と私は思いました。

被災地ボランティアは、現在どこの地域でも社会福祉協議会がイニシアチブをとっているようですが、ボランティア参加者の動かし方は、マニュアルにのっとり行われているようで、かなり体系化されてきているなという印象。

ボランティアの依頼案件と、参加者の働きたい案件との調整をする「マッチング」ということも行われており(その名はマッチングですが、実際には早い者勝ちのバーゲンセール)、私が行った気仙沼VCでは、行ったその場でボランティア保険に加入できたり、必要な装備もある程度備品があったりと、ボランティア参加者はすべて自分で必要なものを用意していくべきだという「自己完結性」は、思ったほど厳格ではなく、装備が手薄な私は安心して参加することができました。

今回私が行ったのは、沿岸地域で漁業を営む方のご依頼の案件でした(内容は割愛)。
行う作業は、大変な人手と手間と時間がかかるもので、数十人が一緒になって作業しても、ほとんど作業が進んだ感覚が得られない、なんというか、人生についての寓意で満ちた作業で、大いに考えさせられました。

終わった後は、一緒に作業に参加していた方の車に乗せてもらい、南三陸町や、石巻周辺をドライブして被災地を視察しました。
震災から4ヶ月も経とうとしているのに、状況がなんら改善しているように見えないのはなぜだろうと疑問に思いました。政府も地方も、お金がないからでしょうか。

壊滅的というか、破壊的というか、このような状況は、今後我々の世代が社会の先頭にたつ際に備えて、脳裏に焼き付けておくべき映像でもあると心から思いました。

最後になりましたが、日本は今後色々な意味での復興が求められてくるとは思いますが、自らが当事者となるときに備えて、読んでおくべき本として、震災に関する本は多々あるなかで、ここはやはり、北岡伸一著『後藤新平』を読んでおくべきだなと私は思います。

2011/06/30

近況報告(桧山拓也)

みなさん

こんばんは、桧山です。
近況報告です。

今回は現在のキャリアプランの近況について
報告させていただければと思います。

現在、いわゆる新入社員(無論、試用期間)として
消費財メーカーで営業研修をやっているわけです。
つまり本分は「営業」という事になります。


ここでいきなり結論ですが、目指すは

「営業の現場を語れるリサーチャー」

          と当面の目標に据えました。


具体的な経緯は都合上、割愛させていただきますが
掻い摘んでここに至る要素だけを説明します。

営業研修が始まり2カ月…
営業とは「モノが購入され、お金に変わる現場」に
責任を持ちます。

つまり営業の関与度の高いステークホルダーは
「モノの購買者」「卸」「小売」になってきます。。。

しかし、自分が関心を持つステークホルダーは
「モノの使用者」、つまりは「消費者」です。
(理由は以前の自分の記事に…)


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じゃ、消費者起点で事業を思考するなら、いわゆるマーケターを目指すべき?
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この自問自答を何度した事か。。。
この問に対する自分の中で納得のいった解は
「否、リサーチャー(マーケティングリサーチする人って意味のね)のがベター」でした。

というのも概して企業には理念があり、それを基に経営ビジョン・計画が策定され
マーケティング戦略へとつながっているものです。(と思ってます)

それゆえ、マーケティング活動には
企業の『恣意性』がある程度見え隠れするのです。

願わくば、その『恣意性』を取っ払った
究極的な消費者視点を実現したい。


それが出来るのが、たまたま自分の会社では
リサーチ部門にある特定の部署だった、という事です。

もちろんこのリサーチャーという立場で
『恣意性』を取り払う術を身に付けた後、マーケターを目指す次第です。
メーカーである以上、製品に血と心を通わせ、
社会とコミュニケーションする立場にゆくゆくはありたいからです。

ただ、メーカーであるが故に
「消費」される前に「購買」されなければいけないのです。

マーケターに、そしてリサーチャーになる前に
この「購買」される現場、つまりは「営業の現場」を
語れるようにする事は至極必然になるという事です。

こんな感じで今、将来に向けた「営業」というキャリアを
謳歌してるわけです。



以上、近況報告までに(^^)/

2011/06/27

近況報告(西川翔陽)

皆様

こんにちは。

西川翔陽です。

本日はもう一つ、社会人として本業を持ちながらも業務時間以外で行っている活動を報告させて頂きます。
学生時代のご縁で、ミュージック・セキュリティーズ社という証券事業をされている会社との関わりを未だに持たせて頂いております。

ミュージック・セキュリティーズ社の商品で「被災地応援ファンド」があるのですが、その説明会に二度ほど、参加しレポートを書かせて頂いております。

その第2弾目のレポートでは下記のように締めくくらせて頂きました。

ーー
3.11から3ヶ月以上が経ちました。


被災地から離れると、3.11は日付で、”あれから3ヵ月、100日、1年”というように何度もどこか記念的に振り返ることで少しずつ復興に向かっているような気になります。

今回うかがった話の数々から分かるのは、東日本大震災で大きな被害を受けた地域は何十年という歴史と何百万人もの人々の手で積み上げられてきたものがなくなってしまったことをもう一度、同じような景色に戻るまで同じように時間と手間がかかるということです。

私が想像していた以上に復旧、復興のスピードは少しずつで、それを年単位でどうなるだろうという想像は現実との乖離があるということ。

小さな一歩を皆で何度も何度も繰り返す。

それが私も東京を拠点としながらも力添えできるよう、頑張らなければと改めて思いました。

事業者の皆様、貴重なお話をお聞かせ頂き、大変ありがとうございました。
私も皆様に負けぬよう、頑張ります!!
ーーーー
「負けぬよう、頑張ります!!」と書かせていただきましたが、今のところ、ただただ負けっぱなしです。

私は3月下旬に宮城県の沿岸部までボランティアに訪れさせて頂きましたが、津波の後は肉眼で見ると、信じたくないほど現実的な残酷さ。それが北は岩手から南は福島まで。(液状化が起きてしまった被災地を含めるともっと)

その冷たい現実を受け止め、海を愛し続け、前に進まれる事業主の方々の勇気とエネルギー、私は受け取ることばかりでした。


少し宣伝のような文章になりましたが、気仙沼、志津川、大崎市の皆様の志から受け取ったもの筆ベタながらも、言葉に込めて書かせていただきましたレポート宜しければ、お読み下されば幸甚です。

セキュリテラジオ
http://www.securite.jp/radio/

それでは、良い週を!