みなさん
こんばんは、桧山です。
近況報告です。
今回は現在のキャリアプランの近況について
報告させていただければと思います。
現在、いわゆる新入社員(無論、試用期間)として
消費財メーカーで営業研修をやっているわけです。
つまり本分は「営業」という事になります。
ここでいきなり結論ですが、目指すは
「営業の現場を語れるリサーチャー」
と当面の目標に据えました。
具体的な経緯は都合上、割愛させていただきますが
掻い摘んでここに至る要素だけを説明します。
営業研修が始まり2カ月…
営業とは「モノが購入され、お金に変わる現場」に
責任を持ちます。
つまり営業の関与度の高いステークホルダーは
「モノの購買者」「卸」「小売」になってきます。。。
しかし、自分が関心を持つステークホルダーは
「モノの使用者」、つまりは「消費者」です。
(理由は以前の自分の記事に…)
-------------------------------------------------------------------
じゃ、消費者起点で事業を思考するなら、いわゆるマーケターを目指すべき?
-------------------------------------------------------------------
この自問自答を何度した事か。。。
この問に対する自分の中で納得のいった解は
「否、リサーチャー(マーケティングリサーチする人って意味のね)のがベター」でした。
というのも概して企業には理念があり、それを基に経営ビジョン・計画が策定され
マーケティング戦略へとつながっているものです。(と思ってます)
それゆえ、マーケティング活動には
企業の『恣意性』がある程度見え隠れするのです。
願わくば、その『恣意性』を取っ払った
究極的な消費者視点を実現したい。
それが出来るのが、たまたま自分の会社では
リサーチ部門にある特定の部署だった、という事です。
もちろんこのリサーチャーという立場で
『恣意性』を取り払う術を身に付けた後、マーケターを目指す次第です。
メーカーである以上、製品に血と心を通わせ、
社会とコミュニケーションする立場にゆくゆくはありたいからです。
ただ、メーカーであるが故に
「消費」される前に「購買」されなければいけないのです。
マーケターに、そしてリサーチャーになる前に
この「購買」される現場、つまりは「営業の現場」を
語れるようにする事は至極必然になるという事です。
こんな感じで今、将来に向けた「営業」というキャリアを
謳歌してるわけです。
以上、近況報告までに(^^)/
「より多くの笑顔を目的とする、活気あるコミュニティの創造」という理念のもとに立ちあがった若手社会人によるブログ。現在は主に色々な「現場」の方へのインタビューを行い、じっくりと活動中。
2011/06/30
2011/06/27
近況報告(西川翔陽)
皆様
こんにちは。
西川翔陽です。
本日はもう一つ、社会人として本業を持ちながらも業務時間以外で行っている活動を報告させて頂きます。
学生時代のご縁で、ミュージック・セキュリティーズ社という証券事業をされている会社との関わりを未だに持たせて頂いております。
ミュージック・セキュリティーズ社の商品で「被災地応援ファンド」があるのですが、その説明会に二度ほど、参加しレポートを書かせて頂いております。
その第2弾目のレポートでは下記のように締めくくらせて頂きました。
ーー
3.11から3ヶ月以上が経ちました。
被災地から離れると、3.11は日付で、”あれから3ヵ月、100日、1年”というように何度もどこか記念的に振り返ることで少しずつ復興に向かっているような気になります。
今回うかがった話の数々から分かるのは、東日本大震災で大きな被害を受けた地域は何十年という歴史と何百万人もの人々の手で積み上げられてきたものがなくなってしまったことをもう一度、同じような景色に戻るまで同じように時間と手間がかかるということです。
私が想像していた以上に復旧、復興のスピードは少しずつで、それを年単位でどうなるだろうという想像は現実との乖離があるということ。
小さな一歩を皆で何度も何度も繰り返す。
それが私も東京を拠点としながらも力添えできるよう、頑張らなければと改めて思いました。
事業者の皆様、貴重なお話をお聞かせ頂き、大変ありがとうございました。
私も皆様に負けぬよう、頑張ります!!
ーーーー
「負けぬよう、頑張ります!!」と書かせていただきましたが、今のところ、ただただ負けっぱなしです。
私は3月下旬に宮城県の沿岸部までボランティアに訪れさせて頂きましたが、津波の後は肉眼で見ると、信じたくないほど現実的な残酷さ。それが北は岩手から南は福島まで。(液状化が起きてしまった被災地を含めるともっと)
その冷たい現実を受け止め、海を愛し続け、前に進まれる事業主の方々の勇気とエネルギー、私は受け取ることばかりでした。
少し宣伝のような文章になりましたが、気仙沼、志津川、大崎市の皆様の志から受け取ったもの筆ベタながらも、言葉に込めて書かせていただきましたレポート宜しければ、お読み下されば幸甚です。
セキュリテラジオ
http://www.securite.jp/radio/
それでは、良い週を!
こんにちは。
西川翔陽です。
本日はもう一つ、社会人として本業を持ちながらも業務時間以外で行っている活動を報告させて頂きます。
学生時代のご縁で、ミュージック・セキュリティーズ社という証券事業をされている会社との関わりを未だに持たせて頂いております。
ミュージック・セキュリティーズ社の商品で「被災地応援ファンド」があるのですが、その説明会に二度ほど、参加しレポートを書かせて頂いております。
その第2弾目のレポートでは下記のように締めくくらせて頂きました。
ーー
3.11から3ヶ月以上が経ちました。
被災地から離れると、3.11は日付で、”あれから3ヵ月、100日、1年”というように何度もどこか記念的に振り返ることで少しずつ復興に向かっているような気になります。
今回うかがった話の数々から分かるのは、東日本大震災で大きな被害を受けた地域は何十年という歴史と何百万人もの人々の手で積み上げられてきたものがなくなってしまったことをもう一度、同じような景色に戻るまで同じように時間と手間がかかるということです。
私が想像していた以上に復旧、復興のスピードは少しずつで、それを年単位でどうなるだろうという想像は現実との乖離があるということ。
小さな一歩を皆で何度も何度も繰り返す。
それが私も東京を拠点としながらも力添えできるよう、頑張らなければと改めて思いました。
事業者の皆様、貴重なお話をお聞かせ頂き、大変ありがとうございました。
私も皆様に負けぬよう、頑張ります!!
ーーーー
「負けぬよう、頑張ります!!」と書かせていただきましたが、今のところ、ただただ負けっぱなしです。
私は3月下旬に宮城県の沿岸部までボランティアに訪れさせて頂きましたが、津波の後は肉眼で見ると、信じたくないほど現実的な残酷さ。それが北は岩手から南は福島まで。(液状化が起きてしまった被災地を含めるともっと)
その冷たい現実を受け止め、海を愛し続け、前に進まれる事業主の方々の勇気とエネルギー、私は受け取ることばかりでした。
少し宣伝のような文章になりましたが、気仙沼、志津川、大崎市の皆様の志から受け取ったもの筆ベタながらも、言葉に込めて書かせていただきましたレポート宜しければ、お読み下されば幸甚です。
セキュリテラジオ
http://www.securite.jp/radio/
それでは、良い週を!
近況報告(山内)
社会人となってもうすぐ3カ月、私の会社では10月まで試用期間といわれており、まだまだ正社員への道は程遠いといった感じです。
さて、最近、研修で被災地周辺の市町村に行って参りました。
役所の職員の方と多く接しさせていただきましたが、その地域は、被災地周辺とは言っても、地震、津波の影響を大きく受けており、震災が起こったときに、全職員がどう緊急体制をとり、住民の安全を確保したのかや、今日まで役所の担当職員の方はほとんど家に帰っておらず、対応を続けていること、など、東京にいて職場で働いているだけでは分からない、リアルな現地の状況を見聞きすることができました。
職員の方から一番受けた印象としては、国が定めた制度の国民に対する最終執行者として、現場感覚の下で培われたであろう経験則を多く持ち、大変尊敬できる、優秀な方が多かった、ということです。話を聞いてみれば見るほど、基礎自治体職員の仕事の魅力を感じることができた一方で、現行の中央・地方関係の健全な発展の仕方を考えさせられました。
地域コミュニティの話も少しさせていただきましたが、なんらかのコミュニティが形成されていることはこういった震災の時に住民自身にとって便宜があり、今回をきっかけに、より地域の連帯が強くなれば、とも話されており、基本的な認識は私たちの考えていることとも一致しているような気がしました。行政の立場から、今後どうやって地域コミュニティの活性化に力を入れて行くのか、今後も連絡を取り合いながら話を聞いてみたいと思います。
翻って、私たちの活動を考えてみますと、やはりもっと色々な方々の話を聞いてみても、いいんじゃないか、とも感じます。
地域コミュニティの中核の一つとして商店街はありますが、商店街がないような地域や、学校や、各種福祉施設が中核となってコミュニティが存続している地域もあるのではと思い、個人的にレンジを広げてみようかと思っています。
それでは、また。
さて、最近、研修で被災地周辺の市町村に行って参りました。
役所の職員の方と多く接しさせていただきましたが、その地域は、被災地周辺とは言っても、地震、津波の影響を大きく受けており、震災が起こったときに、全職員がどう緊急体制をとり、住民の安全を確保したのかや、今日まで役所の担当職員の方はほとんど家に帰っておらず、対応を続けていること、など、東京にいて職場で働いているだけでは分からない、リアルな現地の状況を見聞きすることができました。
職員の方から一番受けた印象としては、国が定めた制度の国民に対する最終執行者として、現場感覚の下で培われたであろう経験則を多く持ち、大変尊敬できる、優秀な方が多かった、ということです。話を聞いてみれば見るほど、基礎自治体職員の仕事の魅力を感じることができた一方で、現行の中央・地方関係の健全な発展の仕方を考えさせられました。
地域コミュニティの話も少しさせていただきましたが、なんらかのコミュニティが形成されていることはこういった震災の時に住民自身にとって便宜があり、今回をきっかけに、より地域の連帯が強くなれば、とも話されており、基本的な認識は私たちの考えていることとも一致しているような気がしました。行政の立場から、今後どうやって地域コミュニティの活性化に力を入れて行くのか、今後も連絡を取り合いながら話を聞いてみたいと思います。
翻って、私たちの活動を考えてみますと、やはりもっと色々な方々の話を聞いてみても、いいんじゃないか、とも感じます。
地域コミュニティの中核の一つとして商店街はありますが、商店街がないような地域や、学校や、各種福祉施設が中核となってコミュニティが存続している地域もあるのではと思い、個人的にレンジを広げてみようかと思っています。
それでは、また。
2011/06/26
刺激的な環境
みなさん、こんばんは。
久しぶりの更新となりますが、最近感じたことをありのまま記したいと思います。
社会人になってすでに3か月が過ぎようとしています。
私の会社では、入社後3か月は試用期間と言われ、正社員ではありません。なので、もう少しで晴れて正社員となれます。なれるはずです。
この3か月間、あっという間に過ぎていきました。
毎日夜中の2、3時まで働き、翌朝は9時に出社という生活を続けています。
今のところ、自分で決めたこの道を後悔しておらず、とても活き活きと仕事に取り組めているとおもいます。(もちろんくたくたになりますがw)
仕事内容については割愛しますが、毎日が新しいことばかりでとても刺激的です。
そして、周りの人たち・お客様はとても優秀な方々です。
こんな自分をモチベートしてくれる環境はなかなかないだろうし、そういう環境が自分には適しているのだと改めて感じている今日この頃です。
そして、そういう環境をこの「6人の侍」の取組みからも得られているし、欲を言えば、もっと刺激を得たいとも思っています。
ただこの取組みには、まだまだコミットできていない部分があるし、この取組み自体がまだもがき中です。
自分たちが何をしたいのか、この問いは一生考え続けるテーマだと思いますが、この問い、そして6人の侍と対峙し続けて、この6人が納得した取組みができればと思っています。
みんなが前向きに生きていける世の中になりますように。
久しぶりの更新となりますが、最近感じたことをありのまま記したいと思います。
社会人になってすでに3か月が過ぎようとしています。
私の会社では、入社後3か月は試用期間と言われ、正社員ではありません。なので、もう少しで晴れて正社員となれます。なれるはずです。
この3か月間、あっという間に過ぎていきました。
毎日夜中の2、3時まで働き、翌朝は9時に出社という生活を続けています。
今のところ、自分で決めたこの道を後悔しておらず、とても活き活きと仕事に取り組めているとおもいます。(もちろんくたくたになりますがw)
仕事内容については割愛しますが、毎日が新しいことばかりでとても刺激的です。
そして、周りの人たち・お客様はとても優秀な方々です。
こんな自分をモチベートしてくれる環境はなかなかないだろうし、そういう環境が自分には適しているのだと改めて感じている今日この頃です。
そして、そういう環境をこの「6人の侍」の取組みからも得られているし、欲を言えば、もっと刺激を得たいとも思っています。
ただこの取組みには、まだまだコミットできていない部分があるし、この取組み自体がまだもがき中です。
自分たちが何をしたいのか、この問いは一生考え続けるテーマだと思いますが、この問い、そして6人の侍と対峙し続けて、この6人が納得した取組みができればと思っています。
みんなが前向きに生きていける世の中になりますように。
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