2011/05/30

5月第2回活動報告

山内です。

西川が前回侍ではない、と自己主張しましたが、
私も、侍たらんとしてまだ程遠い自分にふがいなさを感じながら仕事に追われる毎日です。

ただ、目標として、常に遠大なものを持っていないと、いつか矮小な人間になってしまうんでないかなとも思い、
志だけは、武士であり続きけたい、そんなことを考えています。



さて、本日は5月第2回目の活動日でした。
本日は午後から、杉並区永福町商店街にお邪魔して、永福町商店街振興組合主催の、東日本大震災チャリティイベントの様子を見させてもらったり、同組合の理事長中島さんと、顧問役の林さんのお話を聞かせていただきました。

現在永福町では、商店街組合、町会(住民)、PTA、NPO,学生など、永福町に関わりのある全ての人々が、「永福町をより住みよい町にする」という目標をもって永福町の活性化のためのアイディアを出し合い、実際に行動に移す「永福町夢プロジェクト」をスタートさせています。このプロジェクトの火付け人であり実行リーダーが林さんであり、中島さんであるのです。

同試みは、これまでタコつぼに入り込みお互いに交流のなかった、商店街店主とそこに住む住民とを、一つの目標の下での話し合いの場を頻繁に開くことで結びつけ始めており、実際に出店(でみせ)で話を聞く中でも、そこにはPTAのお母さんがいたり、お母さんを手伝うお子さんがいたりと、商店街振興組合主催のイベントでありながら、商店街振興組合をある意味で格好のツールとして利用した、地域社会の人的交流の姿があったようにみえました。

会長の中島さんこそ、まだまだキックオフ段階だと仰ってはいましたが、今年3月に新駅舎が出来、南口が誕生したことでこれまで交流の難しかった南北に分かれた永福町のふたつの商店街が一緒になって初めて行った今回のイベントは、あいにくの雨ではありましたが、確実に同町のこれからにつながるものであると、現場を見ながら実感していた山内でした。


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翻って、今回の活動で、自分たちに何が還元できるだろうか。


自分たちの役割を考えると、アイディア出しであり、人と人をつなぐコネクターとしての役割にはなりうるのかもしれない。
若者、ばかもの、よそ者として、しかしながら責任感を持って活動をしていくことが求められている気がしました。
ただし、2週間に一回しか顔を出せないかもしれない自分たちが、ある地域社会に深くコミットメントできる、とは言えないでしょうし、地域社会とのかかわり方は、今後実際に関わりを深くしていく中で、試行錯誤して見つけていくべきかと思いました。
今回のように、地域のリーダー格が健在で、今からさらに地域社会を良くしようと実際に動いている地域に、自分たちの力をどう生かすかは迷いますが、上記の林さんのような役割に近いものなら、自分たちにもできるんじゃないか、そんな風にも思いました。
ただ、林さんと中島さんのような、ジョイントが生まれる出会いはそうなく、出会いを自分たちで作っていく必要も感じました。


中島さんは、また酒を飲みながら話をしようと仰ってくれ、その機会までに中島さんが批判していた政府の商店街関連政策に関して、議論できる程度の知識を身につけておきたいなと感じながらイベント会場を後にした山内でした。

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と、なにやら永福町のPRめいたものともなってしまいましたが、上をもって現場報告とさせていただきつつ、下でその後のメンバー(参加者:山内、西川、吉岡)で近くのカフェに入って話し合った内容をいくつか。

①誰に話を聞きに行きたいのか、より広く募るべき。

山内や西川としては、商店街活動の地域社会におけるbondとしての役割の大きさを前提とすることが、その出自からもできていて、商店街の方に話を聞くことに大きな意味を見出すことはできているが、もちろん地域社会には他にもBondとして機能している人々はいる。例えば学校やPTAなど。 それに、他のメンバーはどういう人の話を聞く必要があると感じているのだろうか。他のメンバーが興味関心を持って話を聞きに行きたいと思う人々にもインタビューに行くべき。(以前吉岡が作ったマップが参考になる)

②中長期的計画の見直し

なかなか、社会人になってみて、時間をつくることの難しさを感じ始めていることだし、4月当初に決めた、中長期的なゴールを見直すべきではないか?より、じっくりと長い時間をかけて段階的にゴールに近づくべきではないか。

③自分たちの、会社の肩書と関係のない名刺を持つ

話を聞きに行くときに、話してくれる方に変なバイアスを与えないように。

④説明資料を携行する。

今回説明資料も忘れてしまったので、自分たちのことを説明する機会を逸した。

⑤侍、世直し、といった表現は、やはりまだまだ未熟者の自分たちにはふさわしくない?





さて、次回は、6月の2週目に行います。6月5日(日)には、山内、吉岡は西荻窪の商店街のイベントにお邪魔してみようと思っているところです。


(山内)

2011/05/24

僕は侍ではないんです。

こんにちは。

すっかり、更新が滞ってしまいまして申し訳ございません。

始めまして。
西川翔陽です。

社会人となり、この2ヶ月弱、光陰の如くあっという間に過ぎていきました。
この2ヶ月が1年となり、5年、10年となっていく。
そう考えると多くの反省が残り、良く見ると改善が山ほどできる過ごし方でした。

好きな漫画で
バガボンド(1)(モーニングKC)
という本があるのですが、その中で印象に残る言葉があります。

「世の中には強い人間などいない。強くあろうとするものだけだ。」

強さの定義は人様々ではあるのですが、僕にとっての強さは、
とことん人を想い、行動できる力、のことです。

学生から社会人になっての大きな変化は、
時間に対する選択権が大きく減ったこと。これは気を抜いていると、
自分の大切にしたい考え、思考から離れてしまうような気がしています。

こんな悩みを持っている僕は宮本武蔵を描いた”バガボンド”が好きではあるのですが、
侍には程遠く。「6人の侍」という我々の名前にもちょっと違和感を覚えているのですね。

しかし、強き侍になっていきたい、6人ということであれば、
ここに集まった同志からは学ぶことが非常に多く、
ともすれば流されがちなヒヨコ社会人の僕を、
「○○の西川翔陽」から「西川翔陽」に引き戻してくれます。

西川翔陽が行って行きたいことは言葉は違えど、他の同志が今まで書いてくれた記事に、
書かれているようなことですが、強き侍のイメージとして目指している姿は、
ちょっと古い映画ですが下記の映画に出てくる菅原文太さんのような姿です。

青春の門 [DVD]



日々精進してまいりますので、今後ともよろしく御願いいたします。

西川翔陽

2011/05/09

4人目の侍の想い

始めまして,吉岡です。


皆様ゴールデンウィークはいかがお過ごしだったでしょうか。
公務員一年生の僕ですが,国会が延びなかったため,3,4,5は暦通り休みをいただき,実家の友人の結婚式の1.5次会に参加してきました。
僕の人生でこんなに補正予算の成立をありがたく思ったことはありません。




配属されてから3週間。毎日新しい仕事と格闘しながら、自分の目の前を素通りしていく情報の重要性にびっくりしています。


自分がそろえている資料にはこれからの国の政策が書かれている。
上司はそれを持って大臣などと打ち合わせをする。
意思決定がなされ、国全体の方向性が決まる。
そして,復興が,改革が,始まる。


実に身が引き締まる思いです。
その動向を見るにつけ、ミクロマクロ両面で日本を良く知っていることが,今後自分には求められていくんだなぁとしみじみ思います。もし現場感覚に触れることなく偉くなり、机上の空論に乗って政策を詰め,結果的にうまくいかない政策にこだわることになったら目も当てられないですよね。
僕は6人の侍に加わり,仕事では得られない経験と出会いを得たいと思っています。




「6人の侍」では,人のつながりを大切なものと考えています。
人間関係の希薄化が叫ばれる昨今、その中で起きた大震災。
いざという時に頼りになるのはやはり人のつながりだなと思いました。


これからを考えたとき、危機は地震だけではありません。
おそらく,徐々に幸せはお金で買えなくなっていきます。
今は何不自由なく暮らしていても,20年先,幸せに生きていられる自信はありません


僕が思う、20年先に幸せに生きていられる人は,人のつながりの豊かな人です。そして,自分の思いに従って活動する人です。
僕たちの活動が,少しでも人のつながりを広げ、関わる人の人生を豊かにすることができればと願ってやみません。




いつまでもきれいごとを言える大人でありたいと、僕は思います。